私の祖父同様に戦地へ赴いた人たちの話を聞くことはほとんどなくなりましたが、何人かの話をどうにか伝えなければならないと思いまして、ここに書き留めておくことにします。
戦争末期に特攻が行われて使用された航空機の数と乗員の数が違う理由を、士官学校卒業の方から聞きました。10年以上前に聞いた話ですので流石にもうお亡くなりになっているかもしれません。確かお名前は安藤さんとおっしゃったと思います。安藤さんの話は映画やドラマで描かれていません。
そもそも個々の戦闘機に無線を積んでいない日本軍が、特攻による戦果をどのように計算していたのか?編隊を組んで飛び立つわけですが、隊長機には通信兵が同乗しており、敵艦隊を発見して、「今から突入する」とモールス信号を打電します。この時に端子をつけたままにすればモールス信号はただ「ツーーー」とだけ聞こえます。この「ツー」が早く途切れてしまった場合には撃墜されたものとし、「ツー」が長ければそれだけ敵艦に接近したと判断していたのだそうです。
作戦当初は直掩機がいて戦果を報告していたのもあるでしょうが、時代遅れの複葉機まで投入する頃には直掩機を出す余裕などなかったはずです。
語り継がなければならない戦争の事実の一つです。